※大正時代の古地図(番地入り)が手に入り若干撮影ポイントに誤りがあったようなので訂正のため編集しました。
古地図

現在

古地図と現在の地図を見比べると昔の線路はもう少し川よりにあったようで昔の線路左側の青線部の町の大部分が道路拡張によりなくなっているのがわかると思います。
※ここより市役所よりのほうがもっと変化しています。
駅前
大正8年ごろ

画像右側手前に見えているのが築町〜病院(大学病院)下の線路か?
長崎駅前から桜町まで路線が通ってからの駅前交差点

上記2枚は「続・アルバム長崎百年:発行長崎文献社」より転載
画像中央左側の木造三階建ての屋根の後に見えている尖塔が中町教会です。
※多分この写真は駅舎2階からの撮影だと思う
撮影ポイントは古地図の赤字1と予想
現在の交差点

撮影ポイントは現在の地図黒字1
現在はビルがあるため中町教会はこの角度からは見えませんが歩道橋を大黒町側に渡り市役所方面へ向かって行く↓と若干見えてきます。

雑記を追加
江戸時代この辺にいくつかの藩の蔵所があったそうです。
現在の画像中央の電柱のある辺りに熊本細川藩蔵屋敷跡、そこから右斜め下方向に自動車が二台止まってますがここらあたりからホテルニュー長崎の辺りまでに佐賀鍋島藩蔵屋敷跡、で画像右上に裏側に国民金融公庫があるのですがここは平戸松浦藩蔵屋敷跡、そして過去に紹介した長崎中央郵便局のある辺り(この記事の現在画像2枚目を撮影ポイント)に島原松平藩蔵屋敷跡、先ほどの佐賀鍋島藩蔵屋敷跡から五島町方面に五島町公園横の県漁連付近が柳川立花藩蔵屋敷跡、西部ガス駐車場辺りが福岡黒田藩屋敷跡、中村倉庫ビル(北側)は佐賀藩支藩鹿島藩蔵屋敷跡で同倉庫南側は深堀家屋敷跡だったそうです。
恵比寿町から見た市役所方面
大正8年の路線開通前

開通後

上記2枚は「続・アルバム長崎百年:発行長崎文献社」より転載
左側に同じ建物があるのでほぼ同じ位置からの撮影のようですね。
撮影ポイントは古地図の赤字2と予想
理由は撮影ポイントから左曲がりのコーナーがこの通りに二箇所存在し人だかりが停留所ではないかと予想したのですが二箇所とも停留所があり違いが右側に川が見えているか否かでこの古写真には川らしきものが写っていないので今回の撮影ポイントと予想しました。
現在

外れてたので画像差し替えしました。
撮影ポイントは現在の地図黒字の2
恵比寿町から見た長崎駅方面
路線開通前(大正8年)

路線開通後(大正10年ごろ)

上記2枚は「続・アルバム長崎百年:発行長崎文献社」より転載
上記2枚の写真に写っている煉瓦の建物は専売公社です。
撮影ポイントは古地図の赤字3と予想
現在

古写真に写っている煉瓦の建物(専売公社)が現在の長崎郵便局
ポイントは現在の地図黒字の3
エビス停留所があったと思われる場所

今回の位置関係検証のポイントとなった橋
新橋

両サイドが市場になってるのでここが橋ってことを知ってる人は案外いないんですよね・・・欄干もないし。
岩原新橋


橋の上に家が・・・。
旧大和橋と思われる橋


今回この橋の発見が旧台場町の位置関係を推測するのに大きな影響になりました。
現在の大和橋


昔鉄道が通っていた橋(橋自体は架け変わっている可能性有り)

