2008年05月28日

昼咲月見草

昼咲月見草1 昼咲月見草2 昼咲月見草3
posted by さすらいの朴念仁 at 19:04 | 地元ネタ>花 | *

撮り溜めシリーズ3

東新橋
東新橋1

水害前の東新橋
東新橋0
「長崎・中島川と石橋群:日本ナショナル・トラスト発行」より

東新橋概要
架設年代:1673年(寛文13年)→1795年(寛政7年)流失→1800(寛永12年)
架設者:1673年・不明 1800年・官命
石工1673年・不明 1800年彦兵衛・吉次郎・清兵衛・弥三・八十八

長さ:16.1m
スパン:16.0m
拱矢:4.25m
拱矢比:3.6
巾員:4.55m

特徴
架けた人は不明だあるが、この七年前には賑橋(※1)を「何高才」が架け、又六年後には常磐橋(※1)を「魏爾潜」が架けているのでこの橋も中国人の仲間によるものでなかろうか。
寛文十三年(一六七三)に竣功しているが、寛政七年(一七九五)の大洪水で流されてしまった。親柱の碑文には「寛政七年乙卯七月十九日旧橋落、於是十二年痍申九月再造」と記してある。
即ち、五年後の寛政十二年(一八〇〇)に再建されたこの橋が現在残っている東新橋である(※2)。

「長崎・中島川と石橋群:日本ナショナル・トラスト発行」より

※1:両橋とも袋橋より下流にかかる現在はコンクリート橋
※2:1982年の大水害により崩落し修復が行なわれています。
posted by さすらいの朴念仁 at 10:07 | 地元ネタ>史跡等 | *

娑羅の花

おいら生まれて初めて(多分)娑羅の花を観た
娑羅の花1

場所は長崎市古町の中島川沿いにある光永寺(こうえいじ)
光永寺山門
posted by さすらいの朴念仁 at 00:46 | 地元ネタ>花 | *

2008年05月25日

紫陽花(風頭公園)08/05/25

今年も紫陽花の季節が到来
去年より開花が遅いかなって思ってたら、ここ数日の
雨のおかげ(?)か開花し始めてました。
※と、言っても一厘咲きぐらいだけどね(^▽^笑)。
去年の今日はこんな感じ1・2・3あれ?去年の今日も雨だったのか

紫陽花1
posted by さすらいの朴念仁 at 22:28 | 地元ネタ>花 | *

2008年05月22日

変な岩その3

脇岬ビーチロック(棚瀬):県指定天然記念物
脇岬ビーチロック1

○脇岬のビーチロック
ビーチロックは海浜の小石(礫)や砂が石灰質により凝結してできた一種の海浜堆積岩で,通常は砂浜と海水の間にあり,満潮時は海水に没していて,干潮時に露出する。脇岬棚瀬では5 5 程度の礫が灰黄土色の石灰質泥で固められた岩石となっており,厚さ1030 の層が幾重にも重なって形成され,園山の付け根で扇形に広がっている。干潮時に露出した所で長辺約240 ,短辺約100 で,面積約24,000 という大規模なものである。一般的にビーチロックは,熱帯の南洋諸島や北アメリカ海岸,カリブ海岸などに見られ,我が国では,沖縄のような珊瑚礁の発達する熱帯亜熱帯の海浜での存在が報告されている。脇岬のものは九州本土では北限であり,非珊瑚礁地域でこれ程大規模に発達したビーチロックは極めて珍しく,離島を除いた本土地域では最大規模と思われる。

http://www.pref.nagasaki.jp/bunkaDB/bunkazai/pdf/00457.pdf より

場所は地図参照
マップ
地図中A夫婦岩B川原大池の睡蓮園の場所です。
posted by さすらいの朴念仁 at 18:07 | 地元ネタ>史跡等 | *

睡蓮(川原大池)

場所は先日ネタにした川原町にある川原大池公園の大池にある睡蓮園

川原大池
睡蓮1
○川原大池
広さ13ha、周囲約1.9km、水深約9mの淡水湖です。池には鯉、フナなどの淡水魚が生息し、湖岸には九州西部北限のハマナツメなどの樹林が広がっています。公園一帯は野母崎半島県立公園の中心地にあたり、社叢(しゃそう)一帯は県指定天然記念物の樹林地帯です。

「長崎さるくマップブックH19年度版:社団法人長崎国際コンベンション協会発行」より
posted by さすらいの朴念仁 at 01:09 | 地元ネタ>花 | *

2008年05月21日

変な岩その2

変はんれい岩露出地(画像は夫婦岩)
夫婦岩1
※場所は去年夕景を撮影したところ

夫婦岩2
posted by さすらいの朴念仁 at 23:20 | 地元ネタ>風景 | *

変な岩

05/21 22:55 追記

@年崎海岸の礫質片岩
年崎海岸の礫質片岩
1

年崎海岸の礫質片岩
2

年崎海岸の礫質片岩
3

○年崎海岸の礫質片岩
「礫質片岩」は礫岩を原岩とした結晶片岩で、全国的にも珍しいといわれています。特に、年崎海岸の礫質片岩は原石の礫も明瞭に観察できる露頭したもので、地質学的にも学術的にも貴重なものです。

「長崎さるくマップブックH19年度版:社団法人長崎国際コンベンション協会発行」より
posted by さすらいの朴念仁 at 01:18 | 地元ネタ>史跡等 | *

2008年05月20日

撮り溜めシリーズ2

眼鏡橋
眼鏡橋1

水害前の眼鏡橋
眼鏡橋0
「長崎・中島川と石橋群:日本ナショナル・トラスト発行」より

眼鏡橋概要
架設年代:1634年(寛永11年)→1647年(天保4年)雨により大損→1648年(慶安元年)重修
架設者:僧如定
石工:1634年・不明 1648年・平戸好夢

長さ:23.0m
スパン:8.3m
拱矢:4.2m
拱矢比:2.0
巾員:4.68m

「長崎・中島川と石橋群:日本ナショナル・トラスト発行」より

○眼鏡橋
寛永11年(1634)興福寺の二代目住職・黙子如定禅師が架設。我が国最古のアーチ型石橋。中島川は海に近いので満潮時は水深が増す。そんな時に水面にアーチが映り、2つの円ができることからこう(※1眼鏡橋と)呼ばれた。昭和57年(1982)の長崎大水害で半壊し、修理した折、それまで隠されてた階段部分が露出し、以降は階段付きに。くんちの龍踊りがこの橋の上でとぐろを巻く様は、まさに圧巻。

「長崎さるくマップブックH19年度版:社団法人長崎国際コンベンション協会発行」より
posted by さすらいの朴念仁 at 00:50 | 地元ネタ>史跡等 | *

2008年05月19日

撮り溜めシリーズ1

今日は過去に撮り溜めといた写真から現在中島川に架かる
現存する石橋を紹介。
まずは、一番下流側に架かっている袋橋
水害前の袋橋
袋橋0
「長崎・中島川と石橋群:日本ナショナル・トラスト発行」より

現在の袋橋
袋橋1
栄町川下流より

袋橋概要
架設年代:不明※1648年〜1657年(慶安〜明暦)頃
架 設 者:不明
石 工:不明

長 さ:19.4m
ス パ ン:17.0m
拱 矢:4.25m
拱 矢 比:4.0
巾 員:4.40m

特徴
眼鏡橋の下流に掛けているが、眼鏡橋と同じように擬宝珠をつけ、勾欄も立派にな作りを持った優雅な姿を昔のまま残している。
石橋架橋年代がこの橋だけわからない。しかし橋の石組を詳しく調べてみたら、寛永-承応年間に架けられた眼鏡橋や高麗橋、一ノ瀬橋によく似ている事がわかった。
また長崎図法の序文に「乙朱仲冬長至日・・」と記してあることから、明暦元年(一六五五)に架けたのではないかと考えられる。
中島川石橋群中、最大の径間を誇っており(十七メートル)、技術的に大変貴重な橋である。

「長崎・中島川と石橋群:日本ナショナル・トラスト発行」より
posted by さすらいの朴念仁 at 22:39 | 地元ネタ>史跡等 | *

2008年05月18日

四郎ヶ島台場その3

こっからはさるくのコースになってるところ

入口は↓

ちょっと雑草とかか鬱蒼としてるけど人が踏み固めた跡を
辿ってくと大丈夫…途中蜂がいたけど(^▽^笑)。
posted by さすらいの朴念仁 at 21:40 | 地元ネタ>史跡等 | *

四郎ヶ島台場その2

こっからは四郎ヶ島の石垣
西側


posted by さすらいの朴念仁 at 21:09 | 地元ネタ>史跡等 | *

四郎ヶ島台場その1


四郎ヶ島台場(東西約220メートル・南北120メートル)
嘉永4年(1851)に佐賀藩によって築造された。工事は神ノ島と四郎ヶ島の間に127間の長堤を築くことから始まり、同6年(1853
)島全体が石垣で固められ、砲台が築かれた。大砲は佐賀の築地で鋳造された最新の150ポンド砲2門をはじめ34門が配備された。この工事には延べ40万人の人手と12万両という莫大な費用がかかったため、神ノ島ではなく金の島と歌われたという。現在でも周囲の石垣や塩硝蔵と推定されるトンネル、井戸など遺構比較的良く残っている。

「長崎の史跡(北部編):発行長崎市立博物館」より
posted by さすらいの朴念仁 at 21:02 | 地元ネタ>史跡等 | *

神の島


○神の島
神ノ島は、かつては島であったが、昭和42年の埋め立てによって陸続きとなった。江戸時代は佐賀藩深堀領で、かつてはキリシタンが多く潜伏した。神ノ島教会は、明治30年に建設されたが、海岸の大聖母マリア像とともに長崎港のシンボルとなっている。

「長崎の史跡(北部編):発行長崎市立博物館」より

現在の神の島は神の島公園のアジサイ夜景が有名(地元限定)ですが、古くは神功皇后伝説があったりキリシタンの歴史があったりするわけですが、幕末ごろにはこの島の南西に位置する四郎ヶ島に台場が設けられたり戦時中は現在は公園になってる場所に防空壕があったりいろいろ歴史があったみたいです。
posted by さすらいの朴念仁 at 19:50 | 地元ネタ>史跡等 | *

2008年05月17日

神の島教会と岬の聖母像


○神ノ島教会
多くのキリシタンが隠れ住んでいた神ノ島に、初代司祭ブレルがきた1876年ころに仮教会ができ、1881年2台目司祭ラゲによって美しい木造教会が建てられた。しかし、白蟻の被害がはげしく、1897年、6代目(司祭)デュランによって煉瓦造教会に建てかわり、現在の教会の土台ができた。信徒の拠出にデュランは私財を投げうって援助し、設計案も描いた。
胃を痛め山羊の乳しか飲んでなかったというデュランの生活は、つぎはぎだらけのスータンを着て清貧そのもの。教会には、デュランに対する信徒の感謝の気持ちもしみこんでいる。
教会が建て替えられたとき、木造教会の古材を使って学校がつくられた。

「旅する長崎学X:長崎文献社発行」より
posted by さすらいの朴念仁 at 23:15 | 地元ネタ>史跡等 | *

2008年05月14日

占勝閣

先日紹介したねずみ島方面へは現在女神大橋からアクセスするのが展望もよく、
おいらが住んでるところからだと市街地を通っていくよりも戸町経由で女神大橋
を渡ったほうが時間的にも良かったりするわけですが、橋が架かる以前は市街地
を通り旭大橋を渡り飽の浦方面から岩瀬道や立神・西泊を経由してってのが普通
だったわけですが、この経路の途中・岩瀬道のところに三菱所有の洋館が在ります。
posted by さすらいの朴念仁 at 17:46 | 地元ネタ>史跡等 | *

皇后島(ねずみ島)


撮影場所:神の島展望所付近
画像奥に見えているのが女神大橋です。
●皇后島(こうごじま)
長崎湾の入口近くにある陸繋島。“ねずみ島”といった方が分かりやすいだろう。明治35年(1902)に長崎遊泳協会が設立されて翌年から肥後熊本藩の小堀踏水術でこの島を道場とした活動が始まった。長崎の子どもという子どもは、夏休み期間、大波止から連絡船に乗って渡り水泳訓練を受けるという風習が昭和40年代後半まで続いた。現在は工業用地として埋め立てられ陸続きとなり、皇后地区公共埠頭と呼ばれている。

「ナガジン」発見!長崎の歩き方より

今回、帆船出港(28日)の模様を撮影した場所が皇后島だったのですが、ここはとある伝説があり、先日某氏が一家旅行に行かれた大分県の宇佐市にある宇佐神宮に祭られている神功皇后に関連したもので、この島が皇后島と呼ばれるのもそのゆえんからだそうです。
05/14 16:55 リンクミスがあったので修正しました。
某氏ご指摘サンクスですm(_ _)m

伝説に関係した島々(※香焼と伊王島は関係なし)

画像奥のほうに香焼(ここも昔は島だった)と伊王島との間に赤線を引いていますが現在橋の架設工事が行なわれています。
※地元の人の中には島が陸続きになることによって多数の人が島に渡って来る事によって静かだった島が荒れることを嫌う声も出ているとか。
小さい島だから歩くことも可能だったりするわけで、橋を渡ったところに公設駐車場をもうけて無料で止めさせ島内を車で移動する場合は有料にするとかってダメなのかな

地図

女神と男神については下記を参照してください
旅する長崎学
http://tabinaga.jp/column/024.php
posted by さすらいの朴念仁 at 03:29 | 地元ネタ>風景 | *

2008年05月10日

言論封殺

と言う名の大義名分で他者の発言する場を奪い取る行為
確かに誤った発言に対し批判する権利はある。

改善するように指摘し改善しようとしない人に非がある
真摯に受け止めれない人に非があるのは解る

が、正論を盾にしてその人物を複数の人で攻撃し追い出す行為は正しいやり方なのか。
罵声を浴びせたり笑い者にする行為は正しいのか。

相手が逆切れしたら、その歩調に合わせ罵声を浴びせ返す。
それは正しいのか
※第三者からみたらどっちもどっちの行為でしかない

相手にばかり非があるように論じているが、自分たちの行いのうちに誤った行為が無かったといえる人が何人いるのだろうか

同じ利用者(ユーザー)同士の対話の中で"アクセス制限をかける"という発言は、相手側に意図的に発言の制限をかける行為になり言論封殺にあたらないのか。
※越権行為でもある

引用の正しいやり方ではなかったかも知れないが、発信者が何を言わんとしているのかを理解しようともせずに言論封殺をしているのは自分たちではないのか

相手を納得させれるだけの持論や言葉を有していない未熟な自分たちが犯している権利主張ばかりで相手の権利を侵害している行為は滑稽でしかない。

それに発言する権利を有した人物を発言する場から追い出す権利は管理者のみが有しアクセス制限をかけるかけないの判断を下すのは管理者のみでありユーザーができるのは管理者に判断を仰ぐのみではないのか

誤った発言と越権行為は正しい行為とは言いがたい

それに適切に判断がなされていないと判断した場合は管理者にクレームを入れるなり判断に納得がいかなければ自分たちが去ればいいだけではないのか。

だって、場を設けてくれているのは管理者でありユーザーではないのだから。

議論をするのはいいが、数に任せた反論は、論点の分裂を呼び適切な議論が行える場とはいい難い。

私たちは人間でお釈迦様ではないのだから
posted by さすらいの朴念仁 at 13:38 | その他>雑記 | *

2008年05月04日

出港

撮影場所:女神大橋のそばにある生コン屋さんの敷地内
撮影時間:2008/04/29 14:10ごろ

海王丸(KAIWO MARU)

所 属:独立行政法人 航海訓練所
全 長:110.09m
全 幅:13.80m
マスト高:約50m
喫 水:6.57m
総トン数:2,556t
建 造 年:1989年
日本丸とは姉妹船で、形も大きさもほぼ同じです。
1930年に進水した初代・海王丸が老朽化したため、
1989年、国からの補助金のほかに民間からの寄付
を募り、二代目海王丸が新造されたそうです。
すぐれた帆走性能を備えており、現在は、船員養成の
ための訓練航海のほかに、一般人の人を対象とした
体験航海も実施しているそうです。
posted by さすらいの朴念仁 at 00:57 | 地元ネタ>風景 | *

2008年05月03日

帆船祭りと打ち上げ花火

今年は帆船祭りが4月の24日からあるってのをすっかり忘れてて、
今年もまた帆船の入港シーンを撮り損ねますた。。。

と、言うことで26日と27日の夜に行われた打ち上げ花火をうpしてみる
※といっても27日の夜に撮影したものばかりだけど…?


撮影場所:大波止橋そば